●羽化登仙●

ぴいの周囲が少しにぎやかになった。娘がロンドン土産にくれた猫柄のテーブルセンターをかけ、ぴいに似た焼き物の猫を置き、弟が送ってくれた西表島の拝所の写真を飾った。

羽根の生えたミニチュアのホルスタイン柄猫が妖精の粉をまき散らしながら部屋を飛び回る夢を見た。手(というか前足)に妖精の杖も持ってるし。いい大人が見るにはあまりに幼稚な夢だけれどまあいい、そういうことにしておく。今もその辺を飛び回ってるんだろう。

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●まだ早い●

痩せ猫ラン、今朝からおしっこが出ず。気持ちが悪いらしく、ものすごく文句を言う。膀胱炎再発。注射を1本。しばらく通院となる。

前回、半年ほど前に膀胱炎を発症したときには足腰が弱り、敷居につまずいて転げるような状態だった。高齢でもあるし、覚悟したものだったが。何の異状もなかったぴいのほうが先に逝ってしまった。

今、ランはぴいのお骨の前にいる。いちばん日当たりが良い場所だ。注射が効いて少し落ち着いたようだ。ぴい、ランはまだそっちに行くには早いよね。ランがちょっかい出したときみたいにシャーと怒ってやれ。

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●猫の神様●

猫とジョギングを愛するライター、東良美季さんとは、メールで少しばかり猫話をしたことがあった。東良さんが「猫の神様」という本を出版されたとき、出版記念の短期ブログにうちの猫らの写真を掲載してくださった。

愛猫びいが死んだあと、東良さんからお悔やみのメールをいただいた。じんとするメッセージだった。一度は止まっていた涙をもう一度噴出させながら返信した。

東良さんの今日の記事を見て、多くの猫たちが飼い主に何かを気付かせてきたのだなと思えた。人間側の一方的な思い込みであってもいい。それも人と猫、あるいは犬、あるいはハムスター、あるいは金魚とのコミュニケーション(多くの場合、後付けであるけれど)の形だと思うから。

「猫の神様」を読み返している。

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●たぶんそこには自分の頭で考える人がいない●

涙と鼻水にまみれティッシュを使い過ぎ化粧もできないほど肌が荒れてしまった。しばらく外出できない。春が来れば。春を待とう。

昨晩。TVでぽにょが放映されるので観ようかと思ったが、同時刻にNHKで米良美一が武田鉄也と故郷宮崎を訪ねる番組(多分、九州限定プログラム)があったのでそちらにした。映画はDVDでも見られるし。

米良さんの「ヨイトマケの唄」は美輪様を超えたかもしれない。ぞっとするほど迫ってくる。彼のカウンター・テナーも改めて聞いてみたい。ということで、Amazonで視聴した。たとえば、これ。心に沁みる。一日中聞いていたい。

米良さんの宮崎弁はとてもとてもかわいかった。この人は存在自体が可憐であるなあ。

と、この番組が終わってからぽにょチャンネルを見ると、まだタレントがくだらん無駄話をしている。アニメ映画1本に便乗して1時間も無意味な映像をたれ流して恥ずかしくないのかこのテレビ局は。頭に来たので映画見ずに寝た。

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●猫のお葬式●


ふっくら猫のマダ~ム(本名ぴい)が死んだ。

あまりに静かに逝ってしまった。17歳とは思えないやつやふかふかな毛皮のままで私のベッドの足元で。体のどこにも1点の汚れもない。生き返るのではないかと思えるほどだった。

だらんと伸びて寝ていたぴいを指でつついたのが朝7時。その瞬間に異変を感じて抱き上げた。足が一瞬動いたように思え、目が開いていたので、脅かすなよと声をかけた。が、錯覚だった。心臓の鼓動がない。

パニック。ぴいをベッドに寝かせ、娘に電話。留守電。折り返し電話するように伝言。しばらくして娘から泣き声の電話。すぐ来ると言う。

ベッドの上のぴい。死んでしまった。数時間前まで普通に生きていたのに。ともかく安置しなければ。いちばんきれいなダンボール箱に白いシーツを敷き、ぴいを寝かせ、目を閉じさせ、白いバスタオルをかけた。残された姉妹、痩せ猫ランがぴいから離れない。ぴいの体を舐めている。

娘が来る。ぴいの所に飛んでいき、声を上げて泣く。涙がぽたぽたぴいの体の落ちる。娘が拾ってきた猫だ。保育園のときからずっと一緒に育ってきた家族だ。声をかけることもできない。

真っ白な頭のままネットでペット葬儀社を調べ、電話をする。ときに絶句しつつも夕方の火葬を予約する。17歳という年齢を告げると、よくがんばられましたねと言われる。そうか、たくさん生きたんだなと改めて思う。

16時。葬儀社の人が到着。白いシルクの枕を敷いたキャリーバックにぴいを移す。簡単な仏具を揃え、般若心経を唱えてもらい、焼香してお別れをする。葬儀社の車で娘と二人、30分ほど離れた火葬所まで行く。ここで白いバン型の火葬車の中で一匹だけ個別に火葬してもらう。首輪を形見としてもらい、庭の椿が一枝添えられた。

煙は出ない。ただゆらゆらと陽炎が昇る。

1時間半後に骨上げ。しっかりした、きれいな、白い骨だ。全部の骨が骨壺に入り、最後に骨袋の紐を締めさせてもらう。雨が降ってきたので濡れないようにと、葬儀社の人がビニール袋を「レインコート」と言ってかけてくれた。

同じ車で家まで送ってもらう。送迎は無料。時間は移動時間を入れて4時間。1日3件が限界とのこと。かかった費用は骨壺を含めて22,000円。立会葬としては良心的な料金。対応にも気遣いが感じられた。

ぴいがいつも日向ぼっこをしていた南側の部屋に小さい木の花台を置き、お骨を乗せ、水とフードを供え、花を飾り、手を合わせる。しっかり送ってやれたと安堵する。

いつかは来る別れだけれど、まさか今日明日のこととは思っていなかった。心の準備ができていなかった。まだ涙と鼻水が止まらない。壊れた蛇口のようだ。今はただ感謝しようと思う。よく生きてくれた。立派な最期だった。最高の猫だった。

ぴい、ありがとうね。

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●完璧な未完成●

落ち込みも二番底をついたので浮上。そんなものだ。

コメント返しができずに申し訳ありません。深謝。

働けど働けど子供に金がかかり、取引先が廃業し病気になればこのありさま。まっこと人生はままならぬ。借金がないことを僥倖と思うべし。

かかる耐乏生活の中でもThis is itは見逃せず予約購入。1958年8月29日、MJの生誕日は私の生まれ年、息子の誕生日である。物故日は私の誕生日の1か月と1日前であるから覚えようとしなくても忘れられない。

物心つく前からThrillerで踊り狂っていた息子には、去年の誕生日にMJのDVDを送った。開封する前から中身がわかっていたと言われた。

ロンドン公演が実現していれば舞台裏で構成されたこの映画は作製されなかったはずであり、彼に対する評価もまた違っていただろう。この完璧な天才の残した余白。今から先を生きる人々はこれをどう受け取るのだろうか。「アマデウス」的な何かができるのなら、草葉の蔭から見てみたいような気もする。

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●無念なり●

感染症の症状再発。数度の抗生物質療法でもまだ叩ききれていなかった。しばらくもろもろ休憩。

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●「統計の嘘」という常套句の根拠●

数式満載の原稿で、脳に痛気持ち良いのだった。ベイジアン解析の基礎の基礎を関節リウマチを例に取ってわかりやすく解説しているサイトを見つけた。この基礎を押さえて、事後分布が事前分布に尤度関数を掛けて正規化したものだと理解すれば、一見ややこしい数式もとりあえず解釈できる、ような気がする。

統計いうものは恣意的要素が強いのであって、騙されないことが肝要である。故意の改竄でなくとも、統計手法の不適切な適用によりとんでもない結論が下される可能性は常に存在する。情報の受け手にとってブラックボックスである。

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●私信的ですが●

ランナーの絵の描かれた年賀状をいただいたのですが、差出人のお名前がありません。たぶんYさんだと思うのですが。暖かい年賀状をありがとうございました。またご一緒できるように、焦らずゆっくり体力をつけていきます。

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●すべり出し好調●

元日はニューイヤー駅伝を見てから仕事。2日は箱根駅伝を気にしながら一仕事して三社参りで15キロを3時間で速歩し、銭湯で汗を流して半額サービスのビールとキーマカレーを飲み食いし、さらにやたらと歩いた上で猫が長生きするぞという有難いご宣託をいただく、という初夢を見る。本日3日は箱根駅伝を見てから仕事。タイピングの調子が良く半日で30枚進める。

出だしまずまず好調の2010年、良い年だったと言えるように。祈るのではなく行動しよう。

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